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5人の伝説のホエールたち - 武勇伝から学べ
今回は5人の伝説と呼ばれるハイローラープレイヤーをご紹介します。
5人のうち2人はカジノで大失敗したしくじり先生。
彼らの人生・プレーの仕方からも学ぶことがありそうです。

相手の心を読む天才。
フィル・アイビー (Phil Ivey)
フィルは8歳の時、祖父とポーカーをプレーしていた頃から、才能を発揮し始めました。
ポーカーに強い興味を示したフィルは少しずつ祖父を負かすほど強くなります。
高校生にもなると家族や友人では物足りなくなり、偽のIDカードを使ってアトランティック市のカジノでプレーし始めます。
一時期会社にも就職しますが、同僚とポーカーをプレーしながら練習を続ける間にスキルが劇的に向上して、プロのポーカープレイヤーとしてポーカーの世界に20歳に入っていきます。
彼は対戦相手の目をまっすぐに見つめて、次の手を読み取るというスキルがあり、このスキルが対戦相手に恐れられ、相手にサングラスをかけられるほどです。
その鋭い洞察力と戦略で23歳の時にポーカーの世界選手権でトップになり、2年後にはさらにほの他の3つのタイトルを獲得しました。
その後、数学界の帝王アンディベールと3日間に及ぶ対戦をして、17億以上の勝利金を手に入れました。
若くして伝説を残すほどのプレイヤーになったことから「ポーカーのタイガーウッズ」とも呼ばれています。
ここで学ぶべきは、彼はただのたぐいまれないポーカープレイヤの才能があるだけでなく、努力もしていた点です。
努力と練習と忍耐で、ポーカーのスキルを完全にマスターして、戦略も学んだ彼はテーブルでその力量を見せつけます。
彼の大胆なブラフとハイベットは見ているだけで、興奮します。
フィルからの学び
勝つためには運だけではなく、何度も練習して自分の経験とスキルを磨くのが必須。
メディア界の帝王。
ケリー・パッカー (Kerry Packer)
ケリーはオーストラリアのシドニーで生まれ、テレビネットワークや出版会社で実業家として成功しました。
巨額の賭け金をすることで有名で、ブラックジャックで40分のプレーをして20億円以上を稼ぐこともありました。
ある日、ラスベガスに新しくオープンしたばかりのミラージュへふらりと立ち寄ると、バカラのVIPようゲームテーブルにはまだ鍵がかかっていました。
焦ったマネジャーは、クリスタルの灰皿でバカラのセットを破壊して、ゲームを始めます。
ケリーは1億円程度をすぐに勝ち取った後、ディーラーに変わって1,000万円の賭けをします。
彼は一般市民では理解できないような巨額のお金を動かすことが面白くてしょうがなかったようです。
彼は波に乗って勝っているときに途中でやめる癖があったので、「当て逃げのプレイヤー」と呼ばれていました。
大負けすることもありましたが、勝利金の額も大きく、カジノ側は彼が来るとヒヤヒヤしたそうです。
いつベットをやめるべきかの判断が的確だったからこそ、伝説となったんですね。
ケリーからの学び
勢いに任せて賭け続けるのもいいが、頃合いを冷静に見計らって「勝ち逃げ」するのが成功の秘訣。
戦略でカジノを潰す。
ドン・ジョンソン(Don Johnson)
ジョンソンはブラックジャック界のレジェンドと呼ばれている男です。
彼を一躍有名にした伝説は2010年の月曜の夜8時に始まりました。
ジョンソンは仲間を連れてシーザーズのブラックジャックテーブルに着き、高く積んだチップを眼の前におきました。
シーザーズのマネジャーは、ジョンソンがカードカウンティングをしていることには気付いていませんでした。
仲間の男から強いカードが来るときをこっそり教えてもらったジョンソンは2時間半の間に300万弱を3回に渡って賭けて1億6千万以上を勝ち取ります。
徐々にカジノ側の空気が暗くなってきたのでジョンソンはそこで切り上げますが、数時間後に再びシーザーズに戻ってきます。
「ここのチップを全てもらってくぞ」と笑いながら宣言すると、
7時間の間に4億円をブラックジャックで勝ち取ると、ついにカジノ側がチップを提供することを拒否されました。
後に、ジョンソンはこの夜のことをこう語ります。
「カジノ側のトップがロンドンの会議でその日いなかったことが幸いだったね」
トップが万が一、その場に居合わせていたらこれだけの勝利金を取られる前に制限をかけるなどの手を打てたのかもしれませんね。
ジョンソンからの学び
ブラックジャックはカードカウンティングなどの攻略法を使ってみるのも手。




エルドアカジノには600万円まで賭けられる「Asia Gaming」というプロバイダがあります。
Asia Gamingはランドカジノさながらのプレーができるとハイローラーに評判。
VIP専用のプライベートテーブルもあるので、他のプレイヤーと一緒にプレーしたくない方にも最適です。
ディーラーも見ているだけで癒されるトップクラスの美女を揃えています。


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経験がないゲームに手を出して大負け。
アーチー・カラス (Archie Karas)
アーチーは史上最高のギャンブラーと言われる男です。
生まれは決して裕福ではなく、15歳で家を失います。
アーチーはギリシャ人の彼は船上でのウェイターとしてアメリカに渡り、ロサンゼルスのレストランで働いていました。
レストランの隣にあったビリヤード場で練習を積み、ポーカーを始めました。
ポーカーではすぐに力量を発揮して、数ヶ月で2億円以上を儲けます。
残念ながら、その後アーチーはこの2億円を高額ベットで全て失ってしまい、手元に残ったのはたったの$50。
そこで、アーチーはその$50を手にラスベガスに向かいます。
そのラスベガスで歴史に今も残る連勝を重ね、3年間で40億以上の財産に増やしました。
3年間の間で負けたのは、たった一回だけです。
アーチーは著名なポーカープレイヤーを相手に挑戦し、相手を負かすことで一気に資金を増やしていったんです。
ただ、その後アーチーはクラップテーブルで10億円以上の負け、一度も手を出したことがないバカラで負けを取り返そうとして、さらに17億円負けてしまいます。
財産をほとんど失ってしまったアーチーですが、なんとかポーカーで勝ち負けを繰り返しながら、損失を取り戻していきました。
アーチーからの学び
自分の得意なゲームで勝ち続けているからといって、経験がないゲームでも安易に勝てると思い込んではいけない。
ギャンブル漬けで人生を棒に振った。
ターランス・ワタナベ (Terrance Watanabe)
ターランス渡辺は、父親から譲り受けた輸入品のビジネスを20年以上も運営してきたCEOです。
そんな彼は稼いだお金の1億円以上を1年間で全て失い、歴史に名を残す不幸なハイローラーになってしまいました。
ラスベガスでも、ここまで連敗を重ね巨額の資金を失った個人は彼以外にいません。
ターランスはブラックジャックやバカラには手を出さず、ルーレットやスロットゲームなど完全に運任せのゲームばかりをプレーしていました。
彼が好んでプレーするゲームはハウスエッジがカジノ側に有利なものばかりだったのです。
その後、彼はカジノ側に搾取されたと訴えますが、逆にカジノ側から負債金を支払いするよう訴えられてしまいます。
ターランスの言い分では、カジノがプライベートジェットやスイートルームを与えて彼をギャンブル漬けにしたそう。
確かに彼の言い分も一理あるので、ハイローラーもカジノ側の豪華な対応に浮かれていてはいけませんね。
ターランスからの学び
カジノ側のVIP対応に喜び、ギャンブル漬けになってはいけない。



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